お墓に刻む文字ブログ:2016-3-23


1週間前、母方の祖母が亡くなりました。
祖母はあたくしが大学生ぐらいのときに、
認知症の症状が始まり、
引き取ってしばらく一緒に同居していました。

当時のあたくしは
頭の中では祖母が認知症と理解しているのですが、
心では理解できずに、
きつく当たってしまったこともしばしばありました。

その後、運良く老人ホームに入ることが出来、
ホームの方もとてもよくしていただいていたのですが、
体の調子を崩してからはどんどん症状がひどくなって、
こうなると、女の子である母が行ってもわからなくなり、
一人では食事も取れない状態にまでなっていました。

そんな状況で、
あたくしは、最後の最後まで祖母に優しくする機会を
失ってしまったような気がします。

本当はお見舞いに行っただけでも、
その思いは通じているのかもしれませんが、
心の中では「ごめんね」の気持ちの方が
いっぱいだったのかもしれません。

祖母が亡くなったとき、
あたくしはちょうど仲間と旅行中でした。
家族が気を使ったのか、
全て式を済ませてからあたくしのところに連絡が来たんですね。

その連絡を受けたあたくしには、
祖母が亡くなったというとても悲しくショックな気持ちと、
ちょっと寂しい気持ちがありました。

祖母が亡くなったところで、
すぐに行けるかわからないけど、
家族なんだからすぐに連絡してくれても良いのにと…

そこで、あたくしは思い出したことがありました。
「役立たず」とか「自分がいなくても良いんだなぁ」という感情です。

子どもの頃のあたくしは、
いつもこの感情と一緒でした。

「あたくしがいなくても誰も何も困らないし、悲しくもない」
と言う感じですね。
存在していても存在しなくても、誰も何も気が付かない感じです。




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